どのように起こったのか:英国金融危機
10月25日のリシ・スナク氏の首相就任は、英国政府にとって激動の時期に新たな急展開をもたらしました。急激なインフレと欧州のエネルギー危機のさかなにあって、不運にもリズ・トラス氏の首相在任期間は英国史上最短でしたが、極めて大きな影響を与えました。
英国の政治環境が急速に変化するなか、英国経済がこの歴史的かつ不安定な局面を迎えるに至った経緯を振り返ってみましょう。
7月、一連のスキャンダルで保守党の信頼を失ったボリス・ジョンソン首相(当時)が辞任しました。後任には2人の候補者が浮上し、いずれも生活費上昇への対策について相反する意見を持っていました。リズ・トラス氏は即時減税を支持し、対抗馬のリシ・スナク元財務相は即時減税はさらなるインフレを助長すると主張しました。リズ・トラス氏は保守党の党員投票で勝利し、9月6日に政権を発足しました。
「ミニ予算」の発表
9月23日、新政権初の大型政策決定が突如として危機を引き起こしました。クワシー・クワーテン財務相は、600億ポンドにのぼるエネルギー価格への大規模な介入と、高額所得者層への減税を行う一方、企業への増税計画を撤回するという一連の大規模減税を発表しました。重要なのは、ミニ予算と呼ばれるこの新計画の財源は、政府の借金を増やして賄うということでした。
市場は即座に首相の発表に反応しました。投資家が国債を投げ売りしたため、英国ギルト債(米国債に似た政府発行債券)の利回りは急上昇し、ポンドは対米ドルで急落しました。この突然の急激な反動は、主にいくつかの自ら招いた失策によるものでした。
焦りすぎた政策と信頼性の危機
発表の際、政府は不思議なことに予算責任局からの独自の成長予測と借入予測を示さなかったため、政府のデューデリジェンスと財政の信頼性に対する懸念が高まりました。
さらに、ミニ予算発表の前日、イングランド銀行(英中央銀行、BOE)はインフレへの対抗措置を続けるなか、利上げを行い、一見するとミニ予算の減税戦略とは対照的な、需要を減退させることを意図した動きとなりました。利上げと同時に、イングランド銀行はバランスシートからの英国債の売却開始も発表し、ギルト債の供給が増加しました。
英国のギルト債市場は、米国債市場ほど厚みや流動性がないため、供給ショックの影響を受けやすいといわれています。予想される政府借入の増加を吸収する買い手がいないため、ギルト債の価格は急落し、利回りは急上昇しました。レバレッジをかけた年金制度はマージンコールのなかでギルト債の売却を余儀なくされ、債券市場のスパイラルに拍車をかけました。現金への逃避は、対米ドルでのポンドの歴史的な下落につながりました。市場を落ち着かせるため、イングランド銀行は方針を転換し、ギルト債の売却を遅らせて、市場を安定させるために650億ポンドの緊急債券買い入れプログラムを実施しました。
政治的影響と今後の見通し
この危機は、政府の新たな政策を実施する能力に対する信頼の喪失につながりました。クワシー・クワーテン財務相が辞任し、代わってジェレミー・ハント氏が後任となりましたが、新たに財務相となったハント氏はミニ予算で発表された政策の多くを撤回しました。その後も閣僚が相次いで辞任し、最終的にはリズ・トラス首相の辞任に至りました。
首相交代はギルト債市場の安定に効果を発揮し、利回りはピーク時から落ち着きを取り戻しましたが、リシ・スナク新首相にとってマクロ経済問題の克服は容易ではありません。エネルギーやその他の商品の純輸入国である英国は、高い借入コストと高インフレが足かせとなって、経済的な逆風に直面しています。政府は安定を取り戻して、成長への道を切り開かなければなりませんが、イングランド銀行がその独立性とインフレとの戦いにおいて信頼性を回復しなければなりません。イングランド銀行は第4四半期に再び利上げを実施すると予想されていますが、再度の利上げだけでインフレが沈静化する可能性は低いでしょう。ギルト債市場は危機発生当初よりは落ち着きを取り戻し、取引高も減少していますが、投資家は新政権の今後の計画を慎重に見ているため、ビッド・アスク・スプレッドは依然として幅を保ったままというのが現状です。